「深い河」、あるいは本のお話3題 |
今日は大使館、大学、研究所を巡ることになった。こちらの生活が始まったという印象である。町の空気は透き通ってはいるが、肌を刺す冷たさがあった。その中で見る久し振りの街は新鮮で、空が素晴らしかった。
ところで、今回の日本では散策中に掘り出し物の古本屋を見つけた。幅広い分野の本が揃っていて、棚をじっくりと眺める楽しみを味わった。日本に向かう時の荷物は制限ぎりぎりだったので、手に入れたいものはあったが考えながら眺めていた。国内線の飛行機の重量制限が厳しさを増していたが、国際線はまだ統一されていないとのことだったので、思い切って決断した。次から次に記憶を刺激するものが顔を出すので、気分がよくなっていたのかも知れない。最終的には、新書版も含めて20冊ほどになった。腹を決めていた成田では制限重量に加えること10kgのサービスがあるので30kgまでOKと言われホッとする。国内線では21kg以上で直ちに超過料金が課せられるので、今のところ成田・パリ間は恵まれている。
日本滞在中に遠藤周作の 「深い河」 をいただいたことはすでに触れたが、成田からの飛行機の中で読了。出版されてすぐに読んだはずだが、記憶にあるのは舞台がインドであることだけ。今回読んでみて、その訳がよくわかったような気がした。この本の大きなテーマは 「生活と人生」 である。ここでもよく触れている 「仕事と生きること」 と置き換えることができる。おそらく、最初に読んだ時には生活=仕事に追われていて、人が生きるとはどういうことかなどという問は頭に浮かんでいなかったのだろう。それがなければ、この小説は単に文字面を追うだけで、ほとんど意味を成さない類のものになる。何も残っていなくても全く不思議ではない。
今回読み直してみると、作者の考えていること、問いかけたいことが手に取るようにわかるようになっている。ひとつには、この小説に書かれているテーマを自らが問い、それを生きていると感じるようになったことがある。それと、この間仕事とは言えインドを訪れる機会があり、風景を具体的にイメージできたことも大きい。さらに、舞台になっているインドの聖地 「ヴァーラーナスィー」 が私にとって意味のある町になっていた。今から10年ほど前になるだろうか、この町の大学から研究者を受け入れたことがある。彼女は研究室に現れると、"Banaras: City of Light" という本を私に手渡してくれた。それ以来、自分の中ではこの町はバナラスだったので、最初のうちはこの聖地が私のバナラスだとは気付かなかった。いずれにせよ、この彼女からバナラスのことを聞く機会があり、小説に描かれていることが非常に身近に感じられるようになっていた。
テーマになっている 「生活と人生」 は別の対比を用いれば、現世と精神世界・宗教性、現在と過去、あるいは日本とインドと言えなくもない。それらが混然一体となってこの小説空間を覆っているように見える。登場人物それぞれが自らの過去を引っ張り出し、時に苦しみながら味わうことになる。それは人間の生の証でもあり、それ故にこの生が終わる前にそれぞれの脳に沈殿しているものを見直し、自らを納得させる必要があるとでも言いたげである。それこそがこの世における務めであり、それが終わるまではここを去ることができないとでも言いたげである。「過去を現在に取り戻す」 ことは私の一つのテーマにもなっており、その間を行き来しているようなこの小説は他人の空間には思えなかった。
パリに戻ってみると、郵便物の案内が入っていた。どこからのものかは分からず、想像しながら今朝ポストに出向く。受け取ると大きな荷物で、この夏に会った学生時代の友人の名前がそこに書かれていた。その場で開けたところ、ご本人のエッセイ集の他に以下のものが出てきた。
岩波文庫 「今昔物語集 全4冊セット」
五木寛之 「私訳歎異抄」
大貫恵美子 「日本人の病気観―象徴人類学的考察」
そう言えば、日本で会った時にこれらの本が扱っていることについて話したことが蘇ってきた。その心遣いに改めて感謝。早速、メトロの中でエッセイ集と歎異抄を読み始める。日本の古典はまだ早いと思っていたが、有無を言わせず押し寄せてくる感がある。2010年にどのように組み込んでいくのか。これからの愉しみになるだろう。
添えられていた手紙には、今読んでいるという司馬遼太郎の 「街道をゆく」 の第22巻 「南蛮のみち I」 のことが触れられていた。その本の冒頭部分には、フランシスコ・ザビエルが教えていた当時のパリと現在のパリの風景が対比されて描かれているという。そして、その風景の中にこのブログの主がいることを想像すると不思議な気分になると書かれてあった。そのような目で私の営みを見ている人がいることを知り、こちらも不思議な気分になっていた。それは今日の空のような気分だったかもしれない。