一つのプロジェ |
のんびりしている場合ではないのだが、迫らないと駄目な性質があるので致し方ない。課題は少しやる気が出るまで置いておくことにした。
ぼんやりと身のまわりを眺めている時、これからのひとつのプロジェが浮かび上がってきた。昨年の3月から書き始めたA5より少し小さい版で200ページのノートが20冊近くに溜まっている。まず、こちらに来たての頃はそれどころではなかったことがわかる。それ以上に、異文化、異分野がどれだけ人を刺激するのかに驚く。ただ、そこに何が書かれているのか、ほとんど覚えていない。書きっぱなしである。しかし、その中には宝物が埋まっていそうな予感がある。このまま流れに任せて歩みを続けると、将来単なる遠い思い出として捨て去られてしまうだろう。今の段階であれば、中身を見直して蘇らすことができるのではないか。そして、その中のあるものは使えるのではないか。フーコーではないが、道具として使えそうなものを探してはどうか。そんな想いが湧いていた。
これまでにもそれを読み返したいと思い、遠出の折に持参したことがあるが、訪問先の景色の方が魅力的で読むことにはならなかった。また、まとめの前などに読み直すことがあった。しかし、これが簡単には進まない。文字の判読もあるが、その内容を捉え直すのに結構時間がかかるのである。2年前にこちらに来てから、一体どのようなことを考えて新しい分野に向かって行ったのか。どんなことに驚き、抵抗を感じていたのか。一区切りをつけて積まれたノートを眺める時、大袈裟に言えば血と汗の結晶に見える。その中にどのような足跡が残っているのか。これまでの時間を生き直してみたい衝動に駆られている。これまでのように通過することで終わるのではなく、少し味わいたいという思いも加わってきているようだ。その過程で全く新しい道が見えてくるかも知れない。autodidacte の最初の歩みとしては、面白そうである。
バルコンに出ると、満ち満ちた寒い月が輝いていた。