クラクフ九日目、最終日は歩き回り、美術館などへ |

ホテルを出る前に、最初に迎えてくれた彼女がクラクフはどうでしたかと聞いてきた。やっと終りですねという気持ちが出ていた。もちろん、最高の滞在になったと伝えた。天候にも恵まれ、アウシュヴィッツから帰って来た時に雨が降っただけで、それ以外はほとんど快晴。ワルシャワには行ったのか聞いていたが、遂にその気にはならなかった。塩鉱山やスキー場・避暑地のザコパネ (Zakopane) もあるが、その気にはならなかった。クラクフでの時間を味わいたくなったのだろう。もともと観光趣味はない方なので、特に残念という気にもならない。
上の写真はスウォヴァッキ劇場 (Juliusz Słowacki Theatre) の空である。今日も完璧な天気になってくれた。この劇場正面には守衛さんがいるが、子供を芝生の中で遊ばせている母親を厳しく怒鳴りつけていた。昨日は美術館はお休みだったので、今日はまずこちらに顔を出してみた。

写真撮影は禁止されていた。こちらから作品を見ることができる。自画像の多い画家という印象を持った。全体の雰囲気も味わいながら1時間ほど。今日もカフェで書きものと思い、陽の当たらないところを探して入った

・・・ のはよかったが気分が乗ってこず、昨日のシンボルスカさんの詩集の続きを味わう。
"Childred of our age"
Wisława Szymborska
We are children of our age,
it's a political age.
All day long, all through the night,
all affairs --- your, ours, theirs ---
are political affairs.
Whether you like it or not,
your genes have a political past,
your skin, a political cast,
your eyes, a political slant.
Whatever you say reverberates,
whatever you don't say speaks for itself.
So either way you're talking politics.
Even when you take to the woods,
you're taking political steps
on political grounds.
Apolitical poems are also political,
and above us shines a moon
no longer purely lunar.
To be or not to be, that is the question.
And though it troubles the digestion
it's a question, as always, of politics.
To acquire a political meaning
you don't even have to be human.
Raw material will do,
or protein feed, or crude oil,
or a conference table whose shape
was quarrelled over for months:
Should we arbitrate life and death
at a round table or a square one.
Meanwhile, people perished,
animals died,
houses burned,
and the fields ran wild
just as in times immemorial
and less political.
その時、なぜか自然に入ってくる歌が流れてきた。早速お店の若い女性に聞いてみたところ、こう綴ってくれた。そのユニークな文字を見た途端に楽しくなっていた。

ナタリア・ククルスカ (Natalia Kukulska) という子供の時から活躍している方らしい。Empik (フランスの Fnac のようなものか) で最近のものと10年くらい前のものを聞き比べてみたが、前のものの方がよい。最近、こういう傾向が著しいが、新しい流れにはついていけなくなっているようだ。過去に生きる願望の持ち主であれば致し方ないのかもしれないが、、、
それから、今朝ホテルを出る時に、ただ広いだけのところですが緑があり気持がよいところがありますと推薦された場所に向かった。途中、大学の構内になるのだろうか、この大学で学んだこの方に出会った。

コペルニクスさんの周りを見た後目的地に急いだが、いつもの方向感覚の問題で行き過ぎていた。その代り、こちらに行き当たった。この景色も日本から直接来た場合にはより違和感を感じるのではないかと思って眺めていた。ただ、写真で見るとそれほど感じない。やはり、その場に身を置かなければならないのだろう。すべてに言えることかもしれないが、、、



インフォメーションの方に聞いたところ、ここは科学技術系大学で、学生主催による創立記念イベントの最中だという。大学の一階を一周させていただいたが、地質学の展示があったり地球物理学の文字が見えたりしていたので、そこから新しい領域も組み込んで行ったのかも知れない。今検索してみたところ、今年で創立90年を迎える AGH University of Science and Technology であることがわかった。道を間違えたお陰で思わぬものを見せていただいた。ここを出て公園?に向かったが、途中に国立美術館 (Muzeum Narodowe) が現れた。そう言えば、先日ここの女性館長さんのインタビューを読んだばかりだった。


ここには3時間以上いたように思う。予想以上に広く作品も多い。ポーランドの作家の名前はなかなか覚えられない。気になった名前は控えてきたので、後ほどということになる。ポーランドのセクションから丁度やっていたアンディ・ウォーホールの20世紀のユダヤ人シリーズ (Louis Brandeis, Sigmund Freud, Martin Buber, Golda Meir, Albert Einstein, Gertrude Stein, George Gershwin, The Marx Brothers, Sarah Bernhardt, Franz Kafka) の部屋に入った時には気分が明るくなっていた。ウォーホールとはこういう作品だったのかと見直すくらいの印象を受けていた。同時に、アラーキーの 「陽子」 が取り上げられていた。
結局、目指したところには行くことはなかった。
夕方中央広場に戻り、これまでより少し遅くまで夕暮れを眺めていた。
この空はパリと変わりがない、と思いながら。

今回はフランスに来て一番長いほぼ10日間のヴァカンスになった。
前回のベルギーやボルドーの時とは精神状態が全く違う。
フランスとは大きく違う外国ということもあるだろう。
4-5日では日常をどこかで引き摺ったままの休みになってしまうのかも知れない。
今回はこれまでの日常がどういうものだったのか忘れるくらいである。
このくらいになるとヴァカンスの効果が表れそうである。
そう期待したいものだ。


