クラクフ六日目、詩の世界で過ごす、そしてアウシュヴィッツ追記 |

先日タウン紙の Krakow Post を読んでいると、クラクフの国立美術館の女性館長さんのインタビュー記事が飛び込んできた。その中に、クラクフに銅像を建てるとしたら誰がよいかとの問いに、すでにたくさんの銅像があるのでこの町に溢れる詩とジャズを大切にしたいという言葉があった。確かに旧市街にはジャズクラブが至る所に目につくようになり、詩のことが気になり出していたので、納得して読んでいた。
昨日もアウシュヴィッツから帰ってきて2つの詩集を手に入れたが、今日はタデウシュ・ロジェヴィッチ (Tadeusz Różewicz; 1921年10月9日 -) さんの詩選集を抱えて中央広場へ。昨日とは打って変わって素晴らしい天気である。広場に面したカフェでどんな言葉に出会えるのかを待ちながら時間を過ごす。ポーランド語と英語の対訳が一緒になって350ページ程度の本をゆっくり捲って行った。教会の鐘を数度聞いたが、結局今の私に響く言葉は見つからなかった。少々欲求不満でチェスワフ・ミウォシュ (Czesław Miłosz、1911年6月30日 - 2004年8月14日) の選集を手に入れるべく本屋さんに向かっていた。
日常に追われているとなかなか詩の世界には入りきれない。それだけの余裕が心に生まれないようだ。詩的感受性が抑圧されているかのようである。その状況がヴァカンスに入り変わってきている。散文の世界から詩の世界へ、理の世界から情の世界へ。われわれの生はこの二つがなければ充ちたものにはならないのかも知れない。機会を見てその抑圧を取り除く作業が必要なのかも知れない。
ところで同じKP紙に、昨日訪れたアウシュヴィッツ博物館が緊急に基金を集めているという記事が出ていた。200ヘクタールに及ぶ土地に155の建物、300の廃墟、10万個の遺留品、250メートルになる資料などを維持するのに年間500万ユーロが必要になるという。これまでの60年間はポーランドがその維持をやっていたが、2000年代に入る頃から他の国にも負担を求めているという。
ここの建物はそもそも長期間維持するために作ったものではない。しかも、その作業に当たったのは収容されたプロではない人たちで、生きるためにエネルギーを使い切らないようにしていた可能性があり、時の流れに耐えうるものではない。ということで、ここ20年のうちには財政基盤を確実なものにする必要があり、ポーランドの首相がEU諸国、アメリカ、カナダ政府に呼び掛けたところ、最初に援助を打ち出したのがドイツ政府。今年は100万ユーロを出し以後増額の予定で、ドイツ企業も参加する見込みだという。昨日の展示にもあったように、他の国々も自国民をアウシュヴィッツに送った歴史的責任があるので、巨大な人類の墓地としてここを守っていく計画に参加することを期待しているようだ。

カフェ横にあったこのポスターを見て、やはりアメリカの研究室に1年間だけ働いていたポーランド系アメリカ人の顔が浮かんでいた。


