クラクフ五日目、オシフィエンチム (アウシュヴィッツ) を訪ねる Visiter Oświęcim |

今日はアウシュヴィッツを訪問する日である。最初は一人で行こうかと思っていたが、向こうに行ってから手続きや移動が大変ではないかと思い、小型バスによる10人程度のグループ旅行にした。ありがたいことに、ここでも10%の割引があることがわかった。ホテルの前でバスを待っていると3組のご夫妻が待っている。声をかけるとスウェーデンからとのこと。日本からだと言うと、スウェーデンでは日本文化 (文学、映画、マンガなど) が若者に人気とのこと。中・高で日本語を学ぶコースがあり、写真中央の方のご子息は東京に滞在したこともあるとのこと。雰囲気が非常にゆったりしていて感じがよい。
すぐに意気投合し、いつものようにスウェーデンの哲学者、文学者を教えてもらう。しかし、哲学者はすぐに出て来ず、われわれは考えない人種だからと反応。それでは何をしているのか聞いてみたところ、パイプオルガンを弾いているのです、と笑いながらの答え。何をしているのかという質問の背景には、先日触れたアダム・ザガイェフスキさん (Adam Zagajewski) の詩の一節が頭に残っていたことがある。
I ask my father: "What do you do all day?" "I remember."
私なら何と答えるだろうか。"I live." と答えられたら素晴らしいのだが、、、

ドライバーもこの通りのナイスガイで、話がよく通じる。普段から心を開く準備ができているのだろう。別のホテルでフィンランドからの父子が加わった。息子さんの方は化学専攻の大学生で、この学期は単位交換制でプラハの大学に留学中とのこと。いつもながらヨーロッパの若者が動き回っていることをここでも確認。こういう話を聞くとなぜか嬉しくなるのだ。蠢く若さ、これなくして未来はないだろう。大人しく周りを見回している、最初から枠に入ろうとする若者が溢れている国に未来はないだろう。気分よく1時間半ほどのドライブに出る。

日本から見ると、アウシュヴィッツというと架空の世界ほどに遠く感じられたものだ。数年前に読んだ Le Point のナチ特集でこちらの地理的関係が少し頭に入っていたが、改めて上の図で見てみたい。アウシュヴィッツ I、II、III と3つの施設があり、II がビルケナウ、III がモノヴィッツとなっている。今回は、時間の関係でI と II だけの訪問となった。
他のホテルからも何台かの車が加わり、われわれの英語ガイドのグループは50-60人くらいになっただろうか。このグループをさらに二つに分け、それぞれにガイドさんが付いていた。こういうグループがいくつも来ていたので受付は結構混雑していた。それにしてもこの言葉の混雑ぶり、風貌の多様さ。ヨーロッパ大陸とは大変なところだ。一体何が詰まっているのか。面白そうなところだ。

担当のガイドさんは話をしている金髪の方である。今回初めて、イヤホンとレシーバーという組み合わせを経験した。ガイドさんのチャンネルに合わせると、どこにいても声が聞こえるので非常に便利である。が、そのため迷子になることもある。そうなった人もいたようだ。

アウシュヴィッツ I の入口には有名な言葉が見える。Arbeit macht frei « Le travail rend libre » 労働が自由をもたらす、とは何という冗談だろうか。ここの大雑把な印象はスケールも小さく小奇麗で、学生寮と言ってもおかしくない感じである。最初の頃は、はっきりした罪 (政治的なものも含め) もないのにポーランドのインテリが連れてこられ、それがやがては一般の人になり、1942年には国際的な施設に変貌を遂げたという。建物に挟まれた中庭のような空間で銃殺刑が行われたところがあった。





展示品の中に髪の毛が山のようにある。キャンプが解放された時に出てきたという。織物やマットの中にも使われていたようだ。いかなるものも無駄にしないという徹底ぶりには驚かされる。人間とはその状況になればどんなことでもやってしまうものなのだろう。
ところでこういう具合に話は繋がっていた。クラクフに帰って食事した後、ポーランド語の本しか置いていないという本屋さんに入った。英語かフランス語の本はないか聞いたところ、英語の本を5-6冊持ってきた。その中にあったポーランド語との対訳になっている詩集が2つあり、面白そうなので手に入れることにした。早速カフェで読み始めたところ、その中にアウシュヴィッツの髪の毛を詠んでいる詩に出くわしたのだ。タデウシュ・ロジェヴィッチ (Tadeusz Różewicz; born October 9, 1921) さんの "Pigtail" という詩の一節である。
When all the women in the transport
had their heads shaved
four workmen with brooms made of birch twigs
swept up
and gathered up the hair
Behind clean glass
the stiff hair lies
of those suffocated in gas chambers
there are pins and side combs
in this hair


1941年9月にはサイクロンBによる最初の人体実験が行われたという。ガス室の中にも入ることができた。この場にその時実際に立ったとしたらどのような反応をしただろうか、想像しながら歩いていた。持ち物を25キロ以内にまとめて出た長い旅の終りに、お疲れを癒すためにシャワーでもいかがですかという思いやりの言葉を受け入れて、そうとは知らずに行ったかも知れない。あるいは、薄々わかっても何も言わずに行ったような気もする。しかし、それしかこの世に道がないとわかった時にどのような反応をするのか、想像もできない。

この言葉を後にビルケナウに向かった。

ビルケナウはアウシュヴィッツ I とは全くの別物だ。目の前には広大な敷地が広がり、春とは言え寒風吹き荒ぶ寒々とした景色になっていた。




この貯水池を見た時、4年ほど前にパリのザッキン美術館を訪れた時に、ビルケナウに取材したビデオ・インスタレーションを見たことを思い出していた。

アウシュヴィッツに来てから時間が完全に消えていた。
空間を漂う塵のように歩き回っていた。
あるいは感覚器だけを持つ動物だったかもしれない。
それを見ているのといないのとではどのような差が出てくるのだろうか。
おそらく、その情報を自らに向けて処理し直すことができた時、何かが変わるのだろう。
人間とは如何なることをも成し得る存在であるということから始められるかどうかだろう。
帰りのバスの中、何か一仕事終えたような、何かが新たに生まれたような疲労感が押し寄せていた。朝のうちは晴れていたが次第に雲が厚くなり、クラクフに戻ると雨に変わっていた。


