何語でテーズを書くのか |

昨日の余韻になるのだろうか。
最近、指導教授とテーズをどうするかについて話している時、英語で書くことも可能であることを知った。これまではマスター論文同様、最初からフランス語で書くつもりでいた。そして昨日の記事を書いている時、5年前のことが思い出された。
英語で考えようとして ESSAYER DE PENSER EN ANGLAIS (2006-03-13)
アメリカから帰ってから深く考えることもなく、仕事のために有用ということで英語で生活をしてきた。それまでは何も感じることがなかったが、5年前に車で仕事に向かう途中、日本語になった自らの考えがさっぱり深まりを見せていないことに気付き、その理由として言葉の問題があるのではないかという思いに至った。それは英語の表現能力に見合う範囲でしか日本語の思考もできていなかったのではないか、という疑問に繋がる。つまり、普段使っている外国語のレベルが母国語の思考の深さを拘束していたのではないかというものである。
これをテーズの状況に当て嵌めてみる。そうすると、英語よりさらに劣るフランス語で最初から書こうとする場合、自らの考えを充分に表現できるだろうか、という大きな懸念が生まれる。自然科学と違い、人文系の場合には言葉だけが武器というところがあるので尚更である。頭では理解していたつもりだったが、これまでの経験と併せて考えると看過できない問題に思えてきた。この状況に対して、フランス語よりはマシな英語で書き始めるというこれまで考えてもいなかったアイディアが浮かんできた。最終的に英語のバージョンは生きているし、それをフランス語に直して出してもよいわけである。目から鱗のこのやり方が自分には一番合っているのではないか。その上、フランス語で書くということは、今の世界では日本語で書くことに近いので、いずれ英語にしなければならないとは思っていた。今回の名案(?)はこれらすべての問題を一気に解決してくれるように見える。最後に残る肝心の問題は、これで思考が本当に拡がりと深みを見せるのかになる。これからじっくりと観察していきたい。


