望月京さんのコンサートにて Au concert de Misato Mochizuki |
もう一月ほど前になるだろうか。ル・モンドにこの作曲家が紹介されているのを偶然見つけ、どこか哲学的な雰囲気を漂わせたお話が印象に残っていた。その時「望月京という作曲家」という記事を書いている。昨夜、その音楽を聴きにラ・シャペルまで出掛けた。
ホールはそれほど大きくはなく、演奏者と同じ平面で聞くことができ(もちろん二階席もあるが)、距離感がよい。cozyな感じとも言えるかもしれない。プログラムはいただいたが、暗いので目を通す気にならず、出てくる音に身を任せた。
冒頭、笙の独奏が始まる。ステージをゆっくり移動しながらの演奏。これほどじっくり笙の音色を聞くのは初めてではないだろうか。どこかバンドネオンを思わせるところもあり、現代的であると同時に日本を超えるものを持っているようにも感じていた。この楽器はフランス語で " orgue à bouche " (口で演奏するオルガン)。言い得て妙とはこのことだろうか。リードを一杯に震わせるのではなく、絶妙の息遣いで演奏されていたので楽器の特徴がよく引き出され、多様な音を楽しむことができた。演奏はMayumi Miyataさん。出しものは "Banshikicho no Choshi" と "Sojo no Choshi" であった。
そして望月さんの曲が始まった。西洋の楽器(バイオリン、チェロ、フルート、オーボエ、クラリネット、トロンボーン、ティンパニーなど)が使われているが、その他にワインボトルを叩いたり、その口に息を吹きかけたり、ホースに息を吹き込んだり、ワイングラスの縁を指で擦ったり、アクリル板を曲げてみたりと、謂わば日常に近い音も取り入れている。これまで現代曲を聴いてきたとはとても言えないが、絵画の抽象画を観るような感覚で聴いていた。それは大きなキャンバスにいろいろな音が点として、線として、あるいは叫びのような乱れた塊として投げつけられているというイメージに近い。目を閉じて聴いていると、先日のM理論ではないが、何次元の世界にいるのかわからなくなる。それから音の出る場も大切にしていることが照明を入れていることからもわかる。例えば写真で横に伸びる白いチューブのようなものは蛍光灯で、何種類かの色を出していた。
今回の音楽を聴きながら、実はわれわれの日常に溢れる音こそ音楽であることを教えられたように感じていた。窓を開ける音、鳥の鳴き声、木々のざわめき、人の行き交う音、漏れる会話、子供の泣き声や話し声、車の音、飛行機の音などなど、われわれの廻りに耳を澄ますとそれらすべてが音楽を奏でていることに気付く。曲はEtheric Blueprint Trilogyとなっており、4D、Wise Water、Etheric Blueprint から構成されていた。演奏はアムステルダムをベースに活躍中のNieuw Ensemble。コンサートは1時間ちょっとで終わった。
帰りのメトロでプログラムに目を通してみた。望月さんを紹介する文章によると、3年前から大学で教えるようになったが、そこでは自身が学生として習った音楽の技法を教えるのではなく、もっと広く、領域を跨ぐような豊かな視点を文化や芸術の歴史について得ることができるようにしたいとの希望を持っている。それから作品には写真や生物学、宇宙論などの科学をも取り入れている。生物や意識の進化、DNA、遺伝子とその変異から霊感を得た作品として、Chimera (2000)、Homeobox (2001)、Meteorite (2003)がある。また環境との適応という観点から、人間と地球の歴史との統合という視点も生まれている。例えば、テイヤール・ド・シャルダン(1881-1955)による人間の知性の世界ノウアスフィア(La noosphère)や人間の進化の頂点と考えられるオメガ点をもとに、Noos (2001)やOmega Project (2002)を作っている。彼女の中には、科学や哲学、あるいは宗教的なものをもとに、芸術を通してこの世界と繋がりたいという意思があるように感じていた。今回発表された "4D" はデヴィッド・ボーム(1917-1992)の哲学に、また "Wise Water" は江本勝(1943-)という方の『水は答えを知っている』に出てくる、水がこれまでに旅した場所の振動を記憶として持っているというお話に触発されたもので、最後の "Etheric Blueprint" はアリストテレスの時代から空中を満たす神の声とも言えるエーテルを題材にしたものとのこと。壮大な世界が彼女の中に広がっているのが見えるようである。