立ち読みで「日本力」 |

松岡 = 西の文化は一神教的社会で、二分法(ダイコトミー)で善と悪、光と闇、男と女というふうにしっかりと分けて、そしてロジカルに考える。たいへん言葉・論理(ロゴス)を大事にする。これは一神教の多くが砂漠的な風土に生まれたからなんです。
砂漠というのは、とても過酷な環境で、右に行けばオアシスがあるかもしれないけれども、左に行けば熱射の砂漠が続いていて死んでしまうといったことがたくさんある。だからジャッジメントを早くしないといけないし、それには何人もがたくさんの意見を言っていると決まらない。そこで一神教的なリーダーが必要になるわけですね。それで最後にはそのリーダーの判断で右に行くか左に行くか言わないといけない。つまりダイコトミーが重要になるわけです。
それに対して東の文化は多神多仏的社会で、いわば森林型の文化なんです。たとえば、森の中では水は湧くんですけど、獣もいるしスコールもある。天候や自然の動きが読めないわけです。そうすると、しばらく待って状況をうかがうとか、多くの意見を聞いてまとめるとか、そういう考え方になる。いわばマンダラ的な思考です。リーダーは何人もいるし、待つとか、動くとか、いろいろな選択肢があって、それをいつもラインナップしておいて対応する。そういったなかから仏教の多様性が出てきていて、「待つ」ということのなかから、瞑想とか座禅がでてくるわけです。
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ブラウン = 今の食文化を例にすると、西洋と東洋の美味しいところをフュージョンさせた料理はだいぶ定着しましたが、思想というものについてみてみると、日本にはまだ西洋の思想の持つ本当に味わい深いところはあまり浸透していませんね。もったいないですよね。今は世界の情報や思想はすぐに手に入る時代ですから、西洋と東洋の思想の本当に味わい深いところをとり入れることができるんです。それで、腐っているところは捨ててしまって、両方のいいところだけを素材として選んで、新しい思想というものを料理してつくればいいんです。上手に生きるためのヒントは、東洋と西洋の両方の文化に含まれていますから。
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ブラウン = 最近、ローカリティということを考えています。日本の人は今、ローカリティを持っていないんです。ローカリティというのは簡単にいえば、自分の居場所、周りとのつながり、人との絆、土、土地とのつながりということです。
これも東洋医学的な言い方になるけれども、最近の日本では気の流れ、気の循環が、切断されているんですね。明治時代に日本の農民を見た外国人は、すごく豊かさを感じているんです。それはローカリティ――気の流れがあったからなんです。すべてのものがつながっているという感覚、自分もその中にいるという感覚を日本の農民は持っていた。ローカリティというのは、それぞれの人が持っているひとつの宇宙のことです。その中で生きている人は季節の移ろいを感じながら成長していく。毎年の経験を重ねていくうちに、あらゆる物のつながりがわかってきます。ローカリティを持つ人は、その小宇宙の混乱(パズル)を解決していきます。それが本当の人生の豊かさ。

ブラウン = ぼくはね、日本人の気質はどちらかというとヨーロッパに近いと思います。日本は、明治のころに来日した西洋人から「東洋のフランス」と言われていたでしょう。これは、日本人が上品で、繊細でソフトな面と、冷静な判断力と男性的な強さといったハードな面がバランスよく備わっているということを示しているじゃないか。今でも、日本にはそういった「東洋のフランス」という国のブランド・イメージを活かす可能性は残っていると思います。
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ブラウン = アメリカのユング系の心理学者ジェームズ・ヒルマンが、ちょっと関連していることを言っているんです。それは何かというと、子供に一番大きな影響を与えるのは、家庭の環境でもなく、教育でもなく、「変な人」と出会うことなんだというんです。たしかに非常に個性的で、自分なりの道を歩いている人に出会うと、子供たちは気にするんです。それが自分自身を見つけるきっかけになるんですね。
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松岡 = そうねえ。でも今や、日本はかなり「変な人」が不在ですね。とても寂しい。
かつて「変な人」は、おじさんだけじゃなくて、少年や少女にもいたんでしょう。それが学校の中でも許されていた。たとえば宮沢賢治の『風の又三郎』は転校生の話ですよね。転校生は異人(ストレンジャー)です。言葉づかいがその土地とは違う。しかも風の又三郎であれば変なマントを着ている。
あれは、もとは風の三郎とか風の三郎助とか、新潟あたりから奥羽山脈を越えて、花巻や石巻に入ってきたお話なんですね。それを少年時代の賢治が聞いていて、あの物語を書いた。おそらく実際にそういう転校生はいたんでしょうね。けれども、今、変な少年少女は学校から排斥されるか、いじめられている。異質な子というのは、まっ先にいじめられやすい。これも大問題です。
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ブラウン = はい、ウェールズとスコットランドから渡ってきたんです。それで、先祖のことを調べようとあれこれと探してみたんですけど、家族の古い文献が残っていたんです。それを読んでみたら、五、六世紀前の先祖たちがどういう生活をしていて、どういう気質だったのかがわかってきた。そうしたら、先祖とのつながりを感じるようになったんです。ついで先祖とのつながりを感じるようになったら、未来のことも感じるようになりました。
日本の場合、だいたい明治、もしくは戦後に自分が代々住んでいたところから離れて都会へ来た人が多いですよね。それで祖先とのつながりがわからなくなってしまった。けれども、そのつながりをどうにかしてとり戻す必要があります。そういうつながりをなくしてしまったから、今の日本人は、自分のこと、目の前のことしか考えられなくなったんじゃないか。
松岡 = 目の前のことが狭くなると、親でも子供でも他人になるよね。だから殺したくもなる。
ブラウン = もし、六世代前と六世代後の家族とのつながりを感じるようになったら、今生きている自分の感覚がどれくらい豊かになるのか、想像してみるとおもしろいでしょう。そういう十二世代の家系のつながりを感じたら、ホーム・ポジションと、生きるためのビジョンがしっかりできると思います。
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松岡正剛、エバレット・ブラウン著 『日本力』 (PARCO出版、2010年)より



