モンペリエ4日目 (I) |

会の最終日は前半が分科会、後半が基調講演で午前中にすべてが終わる予定になっていた。後半だけ聞くつもりで少し遅れて出向く。しかし、La Salle des Actes ではまだ分科会をやっているので覗いてみることにした。先日見学したところだが、こういうところで発表を聞くのもなかなか味がある。丁度、医学教育について学生さんの意見も聞きながら先生が発表しているところであった。プログラムを見ると、前半の半分が終わったところ。
ところで、大学内でヒポクラテスの胸像を見つけた記事で、La Salle des Actes には「ヒポクラテスはその昔コスにいたが、今はモンペリエにいる」との刻印があると書いた。そのプラークが正面にはっきりと確認できる。

OLIM COUS
NUNC MONSPELIENSIS
HIPPOCRATES
1795
後半の講演を2つ聞く。一つは医学における正義と倫理の実践について、もう一つは自立の探求と医療の不平等の関係について、それぞれ興味深い考察を繰り広げていた。前半から進行が遅れ気味だったが、堂々の2時間遅れで会は終わった。1時間経過したところで、少し遅れているようですが、という声が聞こえたが、演者はまあそう言いますが、、、という感じで、座長も強く言うことはなかった。いつも経験していてフランス文化の一つではないかと今では思っているので、全く気にならなくなっている。今回、一人だけ「5分」と書いた紙を自分で作り、残り時間を演者に知らせている座長がいたが、珍しい光景であった。
最終日の午後が空いているのでどうしようか考えていた。モンペリエに向かう前日、ウィキで近くの海辺の小さな町でポール・ヴァレリーが生まれたことを知る。モンペリエで午後をゆっくり使うことも考えたが、結局電車に乗ることにした。


