モンペリエ2日目 (III) |

会の後の大学見学も終わり、夕食会が始まるまではカクテルのお時間。なかなかお食事にならないので案内の方に聞いてみると、始まりは普通9時からとのこと。お話の時間は1時間半続いた。この日はフランスとメキシコの試合があるので会場の世話をする人が落ち着かない。今のチームは個人はよいが集団としての力が弱く批判されていて、今夜もどうなるかわからないと言っていた。

食事が始まる前、今回のオーガナイザーである社会学者ローラン・ヴィジエさん(モンペリエ第一大学)と言葉を交わすことができた。この会のいきさつを伺ったところ、こんな話が返ってきた。医学の領域を人文社会科学の目で見直そうという動きはクレテイユ (Créteil) やトゥール (Toul) から起こり、1992年にこのような会を1年おきに始めることにしたとのこと。フランスにおいてもまだ20年ほどの歴史しかない新しい領域になる。私の状況を聞かれたのでいつものように答えると、あのグレーのシャツの人と話すといいですよ、と助言され、早速パスカル・ヌヴェルさんとお話をすることになった。

お話をしてすぐに気付いたのは、こちらが話している間ゆっくりと聞き、話終わってしばらくしてから答えが返ってくるということ。最初はこちらの話が通じているのか確かめなければならないほどであった。驚いたことにヌヴェルさんのこれまでの歩みが表面上だけだが私の経過とよく似ている。テーズは私のマスターの時の指導教授のもとでやり、3年ほど前までは私が今所属している大学にいたという。パリの話も伺うことができた。
ヌヴェルさんは幅広い興味を持っている哲学者で、昨年 " Histoire des amphétamines " 「アンフェタミンの歴史」 という本を出している。こちらの状況を話すと接触すべき人を紹介され、連絡しておきましょうかとまで言っていただく。ありがたいことである。メールのアドレスを伺ったところ、.frではなく.euになっていた。 .euですか、と語りかけると、いいでしょうとの返答。なぜか心が広がる思いであった
モンペリエ大学には第一(法学、経済学、医学、薬学)、第二(理学、工学、数学)、それにポール・ヴァレリーの名前がついた第三(人文系)があり、統合の話が出ているが、なかなか実現しないとのお話であった。また、パリ第一大学のように文系しかないところと、例えば第七大学のようにいろいろな学部がある大学とでは雰囲気が違うことを指摘。後者の方がお好みのようであった。私も総合大学では異なる分野が広がっているので、精神的余裕が出てきたように感じていたので、納得しながら聞いていた。昨年の大学改革に対する対応にしても、第一大学の先生の中には尖鋭的な方もいたが、第七の方はいろいろなことがあり得ますよ、とでも言うようなゆったりした姿勢が見えた。最後は嗜好の問題になるのだろうか。

このような話をしていると左から声がかかった。ストラスブール大学のテーズ3年目になるアレキシスさん。産業と病気を中心にした医学と社会正義がテーマとのこと。彼は出身もアルザスなので郷土愛が非常に強く、早口にして元気いっぱいである。大学では生物学をやり免疫の話も聞いたが、その複雑さが気に入ったという。また、この領域に入ってきた理由として、今の科学者は大きな視野を失い、部品を扱う技術者のように感じたことが大きいとのお話。
アルザスと言えば昔からドイツとの間に複雑な問題があるようですが、と振ってみると大いに喜び、こんなことを言われたと写真中央のニルスさんに声を掛け、これに何と答える?と聞いている。何とニルスさんはお隣ドイツはフライブルグからの留学生で、現在テーズ3年目。薬害や医学のスキャンダルを例に取り、社会的、政治的、さらにはメディアでの対応を中心に解析している。アルザスの問題についてあまり詳しい話は聞けなかった。
ストラスブールには大学が3つあった。第一大学はルイ・パスツール、第二大学はマルク・ブロック、そして第三大学はロベール・シューマンと呼ばれていたが昨年統合され、単にストラスブール大学となったという。個人的には大学の後ろに名前を付けるフランス式が気に入っているので、それがなくなったのは残念である。大学間で調整がつかなかったのだろうか。その理由は聞きそびれてしまった。会の途中、フランスがメキシコに負けたとのニュースが入る。先ほどの彼は、だから言ったでしょうと機嫌が悪い。会はミニュイ前にお開きになった。ヌヴェルさん、アレキシスさん、ニルスさんとはこれからも連絡を取ることでお別れした。

大学からの帰り、昼にはほとんど感じなかったこの壁が美しくライト・アップされている。ちょっとした工夫で生活にスパイスが加わるようだ。ここから旧市街の中心部に向かうと人が溢れている。いやに生きのいい町だなと思ったが、しばらくしてサッカー観戦で繰り出していた人たちではないかと気付く。そう言えば、発散しきれなかったエネルギーがそこらじゅうに溢れているようであった。



