モンペリエ2日目 (II) |

二日目の朝、20年前のリブレリーでこの方が今年亡くなっていたことを知る。ピエール・アドーさんとのお付き合いは3-4年になる。前ブログでもその出会いについて触れ、ここでも数回は紹介している。ウィキによると、4月24日にオルセーで亡くなっている。88歳であった。

大学に向かう道すがら、この標識が飛び込んできた。
モンペリエと言えば切っても切れない方になるのだろう。
会の詳細は改めて書いてみたい。
以下に会が終わって夕食会までの間に案内された大学の様子をいくつか。

La Salle de Conseil の前室のようなところ。
中世、ルネサンス、近代の関係者の肖像が壁一面に飾られている。

そこでラブレーさんと再会。ギリシャの古典をそれまでに伝わっていた訳や解釈に頼るのではなく、原典から解き起こした方だったようで、ユマニストと呼ぶのに相応しいのだろう。

La Salle de Conseil。
ここでも興味深い方と対面したが、改めて書いてみたい。


こちらは大学に寄贈された図書室。
こんなオフィスで仕事をしてみたいものだと思っていた。



上の3つは標本展示室で、天井も高く広い。
天井近くの壁には昔からの名医20人ほどの肖像画が描かれていた。

標本室の片隅にナポレオン三世の胸像が無造作に置かれているのを発見。
案内の方に、この場所は相応しくないのではと話すと、それはそうですが、というニュアンスの笑顔で、壁の上にあったのが外れまして、とのこと。



こちらは昨日歩いている時に見つけたものになる。
La Salle des Actes には「ヒポクラテスはその昔コスにいたが、今はモンペリエにいる」との刻印があるとのこと。



