本日もセミナー、そして小さなリブレリーの愉しみ |
今日も朝からセミナーを聞くため研究所へ。疲れているはずだが、昨夜の余韻のためか足取りは軽かった。芸術には物理的な効果を及ぼす力がありそうである。セミナー室に入ると、丁度パソコンを調整していた演者が眼鏡の上からこちらを見て、眉間に皺を寄せたり、眉毛を上下させたりしている。第一声が、どうしてここにいるのですか、ではなく、まだここにいたんですかという驚きだったので、逆にこちらが驚く。すでに私がこちらにいることを知っていたことになるからだ。訳を聞いてみると、その昔研究室のメンバーだったH氏が彼と研究上の付き合いが生まれた関係で、H氏から私のことを聞いていたという。話に尾ひれがついていないことを願うばかりだが、、、
彼はカナダを代表する研究者 (Canada Research Chair) にも選ばれ、非常にアクティブな研究を進めている。セミナーのテーマは、免疫系の細胞の中で腫瘍細胞や望ましくない細胞を除去する役割を担っているナチュラルキラー細胞(通称NK細胞)の中で起こる生化学的な変化(細胞内情報伝達)。前半に実験に基づく結果を発表した後、後半では実験結果に基づかないという意味で 「哲学的」 と言っていたが、いくつかのモデルを提唱していた。ここには哲学者もいるようですので、とわざわざ言っていただき、彼の気遣いを感じる。
話を聞きながら、免疫学者が使う unstimulated (未刺激の状態)という言葉には静止状態というニュアンスが含まれているが、それは必ずしも正しくないのではないかという思いが浮かんでいた。生物が生きていること自体が動的なもので、例えば細胞に刺激が入らないからと言って細胞が眠っているわけではなく、活発に活動しているはずである。未刺激の時に、いろいろなものが動いていることがこれから見えてくるのではないかという感触を得る。
セミナー後、ビブリオテクを短めに切り上げ、散策に移る。途中、小さなリブレリーに入り、眺めていると店主が話し掛けてきた。そこで、先日学校で先生とエクスポゼのテーマなどについて雑談している時に出てきた話題を思い出す。年配のこの先生、どこか異次元に生きているような雰囲気があるので不思議に思っていたが、モロッコに生まれ、12歳まで彼の地で過ごした後、メキシコやマダガスカルなどフランス国外で長く暮らしていたとのことで納得していた。フランス語に対する態度にはストイックなほど厳格なところがあり、非常に論理的。いつもそこにプロフェッショナリスムを感じている。お陰様で、これまで雰囲気だけでフランス語に接していた私の頭の中が、少し厳密になってきたようにも感じている。
その先生の観察によると、西欧文明には la cruauté (残虐性)が潜んでいて、さらに言うと、それを楽しむ sadomasochisme が深いところに染み込んでいるという。さらに、西欧には人間の欲望を積極的に認めるところがあるように感じていたが、それが必ずしも当たっていないのではないかと思わせることも言われた。店主が何かお探しですか、と聞いたので、その辺りに関連する本についてお勧めを尋ね、さらに現代フランスの哲学者についてもお話を伺う。
それから、これまでその本がなかなか見つからなかった3月に亡くなったばかりのスペインの作家のことが浮かんできたが、名前を思い出さない。仕方なく、このブログを紹介し、その中から名前に辿り着いた。ミゲル・デリーベス (Miguel Delibes ; 17 octobre 1920 - 12 mars 2010) さん。店主も知らない作家だったようだが、在庫を調べたところ2冊あるのを見つけ、「いい本屋でしょう」。事始めにお安い方を仕入れ、" Bonne lecture ! " の声を背中に再び街に出た。小さなリブレリーの楽しみ方も少しずつ覚えてきたようである。