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● フランスに揺られながら 本ブログの前編 ● Une vie philosophique à Paris 本ブログの仏・英版 ● Dans le hamac de Tôkyô 本ブログ前編の仏版 ● パスツールからのメッセージ ● 老子を読む ● My flickr photos ![]() カテゴリ
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2010年 02月 17日
![]() 昨日の朝は久しぶりの快晴。 バルコンに出て、その空を味わいながらシガーを口にする。 氷点下ながら耐えられる寒さであった。春はもう少しという感触を得る。 今年のS氏からの年賀状に、京都の彼の研究室に来ていた人がパリに帰ったので会ってみてはいかがですかとあり、アドレスが添えられていた。メールで連絡を取り合っていたが、お忙しい日程の中、やって都合がつき会うことができた。お話を伺うと、ご両親が日本人で、生まれてすぐにこちらに来たという青年医師。当然のことながら中身はフランス人で、御両親もこちらにお住まいとのこと。PS病院近くのイタリアレストランで拙いフランス語を聞いていただきながら、興味深いお話を伺うことができた。仕事の話でいくつか面白いことが出てきたので、論文を送ってもらうことにした。 また、こちらの大学の教授が偉いのに驚いたという話から教育の話題になった。具体的に言うと、教授と学生の間に壁のようなものがあり、友達のような感覚にはならない。そのため、私などは教授との距離感の取り方に神経を使う。これは予想外のことであった。彼の反応は、教授になるにはいくつかの段階を経なければならないので尊敬の対象になるのは当然というものであった。以前に、学生が教授を評価するなどということはフランスの文化にはない、というフランス人医師の意見を紹介したことが蘇ってくる。 こちらでは高校3年で哲学があることは既に聞いていたが、中学からラテン語、ギリシャ語をやるようで、彼はギリシャ語を選択し、古代の哲人の文章などを訳したりしていたようだ。今頃になって哲学を始める人間に対しても、非常にいいですねと言ってくれていたが、彼自身は今は科学的な医学に忙しいようであった。 ところで、丁度5年前の昨日、ブログというものを始めたことに気付く。前ブログの 「ハンモック」 はフランス語を学ぶ過程を記すことが当初の目的だったが、ある時点からそれが変質してきた。そして、Paul Ailleurs なる人格が自らの進む道にも大きな影響を持つ存在にまで成長してしまった。これは全く予想もしなかったことである。しかし振り返ってみると、ブログを始めた時期が花粉症の時期と重なっていることもさることながら、自らの進む道を模索し始めた時とも奇妙に一致している。もしそうだとすると、このような展開はある意味では当然の帰結だったのかもしれない。「ハンモック」 は今も不特定多数の方に訪問していただいている。この場が自らのためだけではなく、どなたかためのお役に立っているとすれば望外の悦びである。これからも何かの異変がない限り続けて行きそうな営みになりつつある。 " Le hasard n'existe pas, il n'y a que des rendez-vous. " (Paul Éluard, 14 décembre 1895 - 18 novembre 1952) 「偶然は存在しない。決められた出会いがあるだけだ」 (ポール・エリュアール) 2010年 01月 20日
![]() 昨日のこと。メールボックスをチェックすると、ジャンクの匂いのするものがひとつ見つかる。念のため読んでみると、そうではなさそうな雰囲気である。こなれたフランス語で書かれたその文面を要約すると、次のようになる。 「偶然にもあなたのブログ DANS LE HAMAC DE TÔKYÔ (前ブログ「ハンモック」のフランス語版で、もう2年以上触っていない) に遭遇してしまいました。そこにある記事はどれも素敵で、明日試験なのにしばし(数時間とある)読み耽ってしまいました。あなたの何かを発見しようとしたり、新しいものに出会いたいという想いの強さに魅せられていました。この性質は今の時代に珍しいと思います。そのことを伝えたくてお便りしました」 それから自己紹介があり、メールの主はルーマニア出身の女子学生(法律専攻)であることを知る。そして、いろいろなことで意見交換をしたいと書かれてあった。 まず、私の拙いフランス語を何時間も読んでくれたことに感謝すると同時に、どこまで通じているのか心配していた。そしていつものように、自らの姿を外から見せてもらうという感覚が襲っていた。次に感じたことは、日本にいた時の目から見ると、世代や国・文化を超えた交流と言えるこのような接触は、いつも喜びを運んでくれるということだろうか。あるいは、年齢や文化の違いなどを意識させない環境にいることこそが喜びにつながっているのかもしれない。苦しい生活ながら満たされた気分でいるその根のところにはこのことがあったのか、と改めて感じていた。 ----------------------------------------- (8:30) ところで、今朝ここで取り上げたブログを止めてから初めて読んでみた。ほんの少しだけ。まず感じたのは、その健気さ、一生懸命書いていることだろうか。文章の出来はともかく、その熱意のようなものは今の私にも伝わってきた。メールを送ってくれた彼女も同じようなことを感じたのだろうか。いずれ聞いてみたいものである。 また、フランス語で書かれた日本での歩みを振り返っているうちに、「ハンモック」 を読む時とは全く異なる感情が不思議な懐かしさとともに生まれていた。ああ、あの時はすでに過ぎ去り、ここに閉じ込められているというような感じだろうか。「ハンモック」 は何度も再訪していたので、その世界は今につながっている、今の基はそこにあるという感覚でいたが、フランス版に関しては忘れていた世界が突然目の前に現れたというあたかも玉手箱でも開けたような印象があった。 2009年 10月 31日
![]() 昨日の記事で、本を見て、本の中身を読んで思い出したことがもう4年も前になることに驚いたことを書いた。知らない間に時は流れていることを改めて感じていた。なぜなのか。またしてもシャワーの時、こういう解釈が浮かんでいた。おそらく、ブログというものを始めて以来、そこに溜まってきたものが時間を失っているのではないか。そこにあるすべてが時間軸を失い、あたかも同じ平面上にあるような感覚を伴って存在しているのではないか。したがって、それらを見る時、「今」 から昔を振り返って見るのではなく、「ここ」 から 「今」 どこかにあるものを見ている感覚があるような気がしていた。自分の中では、そこにある記憶には古さはなく、「ここ」 との距離感だけがあるため、時間を数字で示されるといつものように驚いたのだろう。 これはわたしにとってのブログの効用になるが、これまでの一つひとつの小さな経験、感覚器への抵抗として残っているものが、そこら一面に転がっているという印象を生み出していることだろう。大袈裟に言うと、これまでのことがすべて 「今」 にあるという感覚に繋がっている。これは、以前に感じた 「過去の自分を現在に引き戻す」 (2007-01-30) という営みを無意識のうちにやってきた結果なのかも知れない。そんな思いが朝の一瞬に浮かんでいた。 2009年 10月 04日
![]() このところほとんど触っていなかった別ブログ 「パスツールからのメッセージ」 を何気なく覗く。こちらに来る1年ほど前の2006年5月から始めている。日本パスツール協会から依頼され、パスツール研究所のプレス・リリースを訳すというお手伝いをしていたが、その内容を紹介するブログになる。内容が専門的になるので、これまでも読み返すことはなく、資料置場のようになっていた。 今回、僅かながらの懐かしさも手伝い、時を遡ってみた。もちろん内容を読むところまではいかなかったが、3年ほど前からの記事にある写真を眺めていると、その時以来見ていないのでどれも非常に新鮮に感じられた。しかも、その何気ない写真が当時の心象風景をはっきりと思い出させてくれる。 今日の写真は、その最初の記事にあったものになる。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭でのショット。この音楽祭では毎年ある作曲家を取り上げて集中的に演奏会をやるが、この年はモーツアルトであった。前ブログにも関連記事がいくつか見つかった (こちらです)。今回も心に軽い風が吹き抜けるという経験をした。 昨日の夕方、まだ明るいうちからバルコンに出る。仕入れたばかりのシガーを燻らしながら空を眺める。20羽くらい群れをなして小鳥が飛んでくる。丁度上に来た時、羽音が耳に入る。遠くには夕陽に光る飛行機が1機、2機、3機と尾を引きながら飛んでいる。すべてが視界から消えると、また1機現れた。この動きを見るのが楽しみの一つになっている。目を右手のビルに移すと、限りなく満ちてきた若い大きな月が顔を出している。次第にビルとの隙間が広くなり上に昇って行く。左に目をやると薄い灰色の雲がゆっくりと空を覆ってゆく。今まで見えていた月が掻き消されてしまった。 音楽を聴いているような時の流れであった。 2009年 02月 20日
![]() メモワールの仮のテーマを先日大学に提出した。このところ、このテーマをどのように考えて行けばよいのか考えあぐねていた。いつものように呻吟していた。それで手に入れる本が再び増え出していた。そして昨日のこと、その最初のところから考え始めたところ、わかったつもりでいたその最初の部分さえ実は何も分かっていないことに気付く。自分がわかっていないことはもちろんだが、統一された見方もないのではないのかということに。 この第一歩のところは飛ばして、早く求める解を探る旅に出たいと思っていたようだ。しかし、それは諦めて最初からゆっくり歩みを始めなければならないだろう。それがわかると読まなければならない本が霧の中から顔を出してくる。重要なこと、それはどの角度からものを見るのかではないのか。視点の変化によって見えてくるものが全く変わってくることは、写真を毎日選びながら感じていることでもある。しかも、今見えていると思っているものが真実であるという保証はどこにもない。普段はその見る角度については考えずに何気なく時を過ごしているだけなのだ。あるいは、考えるということ、そのことをしていないのかもしれない。それを意識させるのは哲学的視点なのだろうか。 そんなことから、私が視点を意識しながら観察を始めるきっかけになったブログの歴史に思いが移っていた。そして今調べてみたところ、このブログの前身のハンモックを始めたのが2005年2月16日で、その時から丁度4年が経過していたことを知る。長いのか短いのかよくわからないが、この間に起こった変化は私の想像を大きく超えるものであった。それは私にとっては創造と言ってもよいものだろう。すべてがブログの力だとは言わないが、かなりの部分を占めているように思っている。 当初はまさに虚空に向けて自らの記録として書いていた。そのうちにコメントが寄せられるようになると、誘われるように思索が始まり、それら全体の活動が私の血(知)となり肉となっているように感じている。そう思えるうちは継続していくのだろう。 2009年 01月 22日
![]() おそらく、昨日の出会いと関係があるのかも知れない。昨年末ある方とご一緒したディネでのことを思い出していた。その時、わたし、ブログのあの記事(にあったお話)が好きなんです、というような言葉を聞いた (空耳でなければ)。それを聞いた時、不思議な感覚が襲っていた。ここに書いてあることをまるで生き物のように感じながら読んでいる人がいることを初めて知ったからだろう。その感性からなぜかほんのりとしたものが伝わってきて、嬉しくなっていた。 最初は自らのメモとして書き始め、そのスタンスは今も変わっていない。基本的には内に向かっての観察で、それを記録しようとしている。時に、いろいろな人や出来事との接触も加わっている。その時にも対象に対する私の感じ方が顔を出すのだろう。その感じ方も含めて、この場のどこかに響き合うものがあるとすれば、これに過ぎる悦びはない。 2008年 05月 14日
![]() 昨年9月ここの前身のハンモックから離れて以来、恰も巣立った学生を見るような思いでその様子を見ていた。その心配をよそに、どうもひとり立ちしているようである。その理由として、グーグル検索でハンモックの記事が1ページ目にリストアップされていることが大きいのではないかと書いた。閑に任せてここ1週間くらいの検索に使われた言葉を辿って行くと、とんでもないことが明らかになってきた。例えば、気が付いたところで次のような具合である。 ルクセンブルグ美術館 --> こちら ミカエル・フェリエ(NHK-TVのフランス語講師) --> こちら DALF C1 --> こちら DALF C2 --> こちら la vie des autres --> こちら ロベルト・アラーニャ --> こちら philippe forest --> こちら フランス文化 危機 --> こちら 内田光子 インタビュー --> こちら これこれから --> こちら 本当に大丈夫なのだろうかと心配になってくるほどである。 今やグーグルがハンモックの命を紡いでいることを確信せざるを得ないようだ。 2008年 04月 25日
![]() 昔の記事を参照するために仏版「ハンモック」(DANS LE HAMAC DE TÔKYÔ)を訪れてみた。そして、その記事もそうだが私が書き残しているコメントを読んで驚いた。ほとんどがそんな事を書いていたのか、というくらい覚えていないのだ。このサイトのほとんどの記事にスペルミス(fautes d'orthographe)があったことについては以前に触れた。視覚的にどこかおかしいという認識がすぐにできないのとフランス語を書いた途端に満足してしまい見直すことがなかったこともあるのだろう。今度のコメントに関しても事情は同じで、ある文型に言葉を当てはめながら文章を造り、それが終った途端に忘れていたようである。中にはよくこんな文章を書いていたな、と感心するようなものもある。それと、至るところに今は薄れているかに見える熱いものが溢れているのを感じることがある。どこかわからないが、どこかに向かおうとしていたその熱かもしれない。若き日の自分を見る思いである。わずか数年前のことにしか過ぎないのだが、、、
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